首相の靖国神社参拝。中国の外交カードを無機能化するには・・・
総理大臣の靖国神社参拝が政治問題化したのは、戦後しばらく経ってのことである。戦後、田中角栄元総理までは靖国神社を当然のごとく参拝していた。ただし、参拝したのは例大祭等で、終戦の日ではなかった。もちろんこの時期は、昭和天皇陛下も何度も靖国神社を御親拝なされている。
こうした中、日本遺族会などを中心として、戦後GHQによって国家から切り離されて宗教法人になった靖国神社を再び国家が護持する仕組みにしようという動きが起こる。
これを受けて自民党は、1969年以降、いわゆる靖国神社法案を国会に繰り返し提出した。しかし、政教分離原則との関係から強い反対があり、成立しなかった。1974年には自民党が単独で衆議院を通過させたものの、参議院で審議未了・廃案となり、国家護持の立法化は事実上行き詰まりる。
そこで次に浮上したのが「天皇陛下や首相の公式参拝を実現しよう」という動きであった。こうした機運に押されて、1975年8月15日、三木武夫元総理が、現職総理として初めて終戦の日に靖国神社を参拝した。その結果、これまでの首相参拝では当然に私的参拝とされていた行為について、私的か公的かという議論を巻き起こしてしまう。
この三か月後、天皇陛下が靖国神社を御親拝されたが、野党は、この御親拝についても私的か公的かの議論を提起し、天皇陛下を政治の論争に巻き込んでしまった。結果として、この後親拝を最後に、昭和天皇陛下も、上皇陛下も、そして今上天皇陛下も靖国神社を御親拝されていない。